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ROLE

Web広告は、まだ「フロンティア」。

ビジネスプロモーション局 メディア営業部 佐藤幹朗

幹朗君は、中部日本放送でアナウンサーを2年、その後リクルートで美容系の営業を4年。そして、東洋経済に入ってまだ21日目(2014年10月21日現在)。

はい。まだちゃんと仕事もしていませんが、ワクワクしているところです。

僕の勝手な幹朗君の印象は、とてもしっかり挨拶をするということ。ちょっと遠くにいても、無理にでも目線を合わせてきて「挨拶の押し売り」をしてくる。

押し売りはしてないですよ(笑)。

いい意味での押し売りね、もちろん(笑)。それはさておき、地方とはいえ、テレビ局のアナウンサーという立場を捨てたっていうのは大きな決意だったと思う。14年秋の『会社四季報』によれば、中部日本放送の平均年収は1138万円だよ。

よくお調べになっていて(笑)。確かに高いほうだとは思います。なおかつ名古屋って物価もそれほど高くないので、あのまま続けていたら、それなりにいい生活はできたかもしれないですね。たとえば、駅近くのデザイナーズマンションが月々6万円ぐらいでありますから。

その給料とその物価なら豪邸に住めるよね。

そうかもしれないです。でも、アナウンサーになって1年半ぐらいした時期からいろいろ考え始めるようになってしまったんです。テレビという枠の中でのアナウンサーの役割は、世の中で起こった問題や事象を、わかりやすく伝え、より多くの人に認知してもらうことです。それ自体は、とても意義があり、辞めた自分が言えることじゃないですけど尊い職業だなと今も感じてます。

でも、自分が仕事を通して実現したいことは、自分が主体的に動いて、小さなことでも最終的には問題を解決するようなことなんじゃないかって思い始めたんです。それと同時に、どうせ新しいことを始めるなら、いちばん競争の激しい環境に身を置こうって思ったんです。それで、愛着のあった名古屋も出ることにしました。

そしてリクルートへ行ったと。さっき言った「挨拶の押し売り」はもしかしてリクルートの社風?

挨拶に厳しいっていうほど、リクルートは体育会系じゃないですよ。そもそも押し売りしてないですし(笑)。でも、世間のイメージと少し違うんだろうなという点で言うと、ものすごく合理的だし、生産性の高さも要求されます。

厳しそう……。やっぱり営業の仕事もプレッシャーきつかった?

それは……、めちゃめちゃキツかったですねぇ。仕事もそうですし、的外れなことを言うと突っ込まれる。やることにも言うことにも、とにかく合理性を求められました。でも、それはそれでモチベーション高くやれましたね。派閥争いとか上司に気を遣うことも少ないですし、言いたいことは言える。そういう意味では自由でしたから。

ただ、もっと幅広く仕事をしたいと思っていました。固い言い方をすれば、広告ってクライアントの問題解決手法のひとつだと思うんですが、問題を解決する方法は広告を出すことだけじゃないですよね。

東洋経済で言えば、広告を出す媒体としての『週刊東洋経済』、あるいは『東洋経済オンライン』だけではなくセミナー事業やカスタム出版など、いろいろな面からクライアントのビジネスを支えるような仕事をしたいと思ってました。

それが東洋経済へ来た理由?

それもそうですが、やっぱり東洋経済オンラインが爆発的にPVを伸ばしているということにも惹かれました。「ビジネス誌系サイトNo.1」という魅力は強かったですね。

とはいえ、出版業界は斜陽産業とも言われるでしょ。そこへあえて飛び込んだ理由は?

あくまで直感なんですけど、出版事業ってもっとやれるんじゃないかと思ってるんです。もしかしたらリクルートで学んできた合理性を追求するやり方が活かせるかもしれないですし。何か変革があれば、まだまだ復活すると思っています。ちょっと傲慢かもしれませんが(笑)。

いやいや、とても頼もしいね。

それと、Web広告への期待もあります。というのも、Web広告の世界って数字こそ伸びていますが、まだ成熟していないと思うんです。広告の表現自体もそうだし、売り方や営業の仕方も含めて、まだ仕事として確立されていない部分があると思っていて、それって実は自分で自分のやりたいように仕事を作っていけるんじゃないかなと。

だから、仕事を楽しみつつ、今以上に東洋経済オンラインの「ビジネス誌系サイトNo.1」を支えながら、クライアントにもビジネス面、広告面から貢献したいと思っています。

やっぱり「挨拶の押し売り」を武器に?

しつこいですねぇ……。でも、武器になるならいくらでもしていきます(笑)!

プロフィール

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ビジネスプロモーション局 メディア営業部

佐藤幹朗(さとう みきろう)

1986年秋田県生まれ。法政大学経営学部経営戦略学科を卒業後、中部日本放送にアナウンサーとして入社。中日ドラゴンズ優勝の現場に立ち会い、落合博満監督にインタビューするなど貴重な経験を積む。リクルートでは女性ばかりの同僚・クライアントという美容系の企画営業で鍛えられ、2014年10月に東洋経済新報社へ。

編集後記

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ビジネスプロモーション局 メディア制作部

新井泰嗣(あらい やすつぐ)

膝を突き合わせて話したのは初めてでしたが、「真面目だなぁ」と本当に頼もしい思いがしました。思い切りのよさとそのスピード感たるや……。インタビューでは先輩風を吹かせましたが、実は私も社歴6カ月の新米社員。共に染まりすぎず、とんがっていきたいですね。